今年も感動の箱根駅伝でした

毎年、正月の楽しみは、箱根駅伝をテレビ観戦することです。

昨年、21秒差で連覇を逃した東洋大学は、まさしく圧巻の優勝でした。なかでも山登り5区を4年連続で走った柏原主将は、区間新記録でお見事でした。5区の箱根街道の観衆はこれまで見たことがないほど多く皆さんが応援に駆けつけ、山の神柏原選手はもとより箱根駅伝の人気の高さがうかがわれます。

東洋大学の多く選手が区間賞で走りぬき完全優勝は、絶賛されますが、青山学院大学の過去最高位や昨年3秒差でシード権を無くした城西大学の頑張りも立派でした。

東京農大の5区津野選手は、体調を崩し相当遅れて何とかゴールまでたすきをつなぎました。8区神奈川大学も9区へのたすき渡しの直前に脱水症状で倒れましたが、繰り上げスタートまで残り0秒でつながりました。

箱根駅伝での感動。ありがとうございました。

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うたのおばさん

‘うたのおばさん‘で親しまれていた声楽家で作曲家であった松田トシさんがお亡くなりになりました。96歳だったそうです。

わが中学校の校歌を作曲をして下さった方です。

これには、エピソードがあります。新制中学がスタートした時、校歌がないことから、当時の先輩方が、何とか校歌をと思い、皆で廃品回収やふきやわらびを採ってお金を貯め、ある男子生徒が、詩人のサトーハチロー先生に校歌の作詞をしてほしいと、手紙を書いたそうです。

するとサトーハチロー先生は、この北海道の田舎町にわざわざ来てくれ、

  肩を並べて日毎に通う  眉にはずむは新らし光り

  西の東の南の北の  道は母校の窓へと続く

  朝風ささやけ母校をその名  おお わが母校

詩を書いてくださいました。

その詩に曲を付けてくださったのが、松田トシ先生です。この校歌は、すばらしい校歌で、われわれ同窓生の伝説であり、誇りでもあります。

昨年6月、還暦同期会を行い、先生方も含めて60名が集まり、楽しいひと時を過ごしました。恒例により、最後は校歌を歌いました。司会が2番までと言いましたが、ごく自然に4番まで歌いました。

ご冥福をお祈りします。

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「おひさま」が終わり・・・・・

NHKの朝の連続テレビ小説「おひさま」が完となり、一週間が過ぎました。

この半年間、朝は7時30分が生活の中心でした。それは、「おひさま」を観るためです。

戦前、戦中、戦後の激動を生き抜いた感動のドラマでした。太陽の陽子さんは、大正11年生まれ、夫和成さんは、大正8年生まれ。私の父は、大正12年、母は、大正13年生まれと和成、陽子夫妻に近い年齢だけに、少々私の両親にかぶせて観ておりました。

父は、昭和21年復員しました。母は、教師になりたくて、今の教育大学に、十数キロ「歩いて通うから、学校に行かせてほしい」と懇願したが、貧乏であげてもらえなかったことを晩年まで残念がっていました。

父は、昭和23年に代用教員をしていた母と結婚しました。

日向子が、肺炎を患って生死をさまよっていた場面は、細見の母が、私を出産する時は大変な難産で、産婆さんは、もはや出産は無理と判断し、5km離れた町医者を呼んでくるようにとのことで、向いのおじさんが、お医者さんを連れてきてくれ、わが家の玄関に入ってきた時に、私が産れたとのことでした。つまり、母体を助けるため、胎児の頭を砕いて取り出すためでした。(私の産まれたときの体重は、秤が振り切れ正確な体重はなからないとのことです)

先般、盂蘭盆に妹家族が、わが家に来た際に、「日向子が肺炎で大変な場面は、お兄ちゃんの産まれたときのことを良く母から聞かされいたので思い出しながら観ていた。もしお兄ちゃんが産まれてこなかったら、私が一番上になっていたのかなあ」と話していました。

父母は、私のことを「この子は、もうけもの。本来は生まれて来れなかった」と良く聞かされていました。(そんな訳で、随分甘やかされて、こんな軟弱な私に育ってしまいました~残念ながらもう修正は利きません)

最後は、昭和28年ごろから一気に現代に進みましたが、戦後の高度経済成長等、今日までのドラマを展開してほしかったと思います。

多くの感動に、ありがとうございました。

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血管年齢

血管年齢ってあるんですね。

イベントで保健所のブースに立ち寄りました。

そこで血圧を測ってくれたり、いろいろな健診があったのですが、その中で、血管年齢を測定してくれました。人差し指を機械に入れるだけですが、実になんと還暦を過ぎた私の血管年齢は、実際の年齢より、11歳も若いと診断されました。

驚いたものですから、「何か間違っていませんか」と尋ねたところ、「機械で測っているので間違いはありません」との回答でした。

周りでは、61歳の方が、血管年齢80歳、65歳の人が70歳、63歳の人が67歳と殆んどの方が、実際の年齢より血管年齢のほうが高く出ていたようです。

少々、気分良くなりました。

どうしてそんなことになるのでしょうか? まず、タバコは全く吸いませんし、焼き肉は食べますが、殆んど肉は食べません。野菜と魚中心。味付けは、極めて薄味です。35年間、女房に飼いならされてしまったということでしょうか。

そうそう、アルコールは、基本的にわが家では、飲まないように心がけております。一次会は飲みますが、二次会以降は、水しか飲まないことにしています。

できれば、健康で長生きをしたいものですね。

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絶景かな

絶景かな 絶景かな ああ 絶景かな!

過日、航空自衛隊 長沼分屯基地の頂上に登り、すばらしい景色を見せていただきました。

この基地は、馬追丘陵にある航空自衛隊のナイキ基地でノルディックウォーキング同好会のメンバー30名の皆さんと登りました。

西の方向は、広大な石狩平野が一望でき、南に樽前山から北方向の当別方向まで、反対側は、夕張山系、日高山系と360度見渡すことができます。

この日は、すばらしい秋晴れで札幌の街並み、札幌ドーム、石狩湾から増毛山地等くっきりと見渡すことができました。

参加した皆さんから、「感動した」「「素晴らしかった」等々、喜んでいただきました。

標高は、約300メートル。東京スカイツリーは、その2倍以上。どんな世界が見られるのでしょうか?

参加した方から、「今度はどこへ連れってくれるの」との質問に、プレッシャーを感じています。

その後、馬追の名水まで、ノルディックでウォーキングを楽しみました。

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世界を青く

“世界を青く”はNHKのサッカー中継のサブタイトルだ。

なでしこJAPANも男子も青色のユニフォームで世界に挑んでいる。

この11日間は、ロンドンオリンピックアジア最終予選の「なでしこJAPAN」。男子も2014ブラジルワールドカップアジア3次予選と楽しませてもらった。、お見事1位でロンドンの切符を手にした「なでしこ」。おめでとうございます。ドイツでのワールドカップに比べると、この予選は少々物足りなさを感じているもののアウエーでの戦いの大変さを痛感したところです。

また、男子のウズベキスタン戦も見応えのある2試合でした。

昭和43年メキシコオリンピックで、釜本邦茂を中心とした日本が銅メタルを獲得した時のことが、彷彿とさせられました。

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究極の芝生

8月30日に究極の芝生の完成を目指してわが家の庭に芝生の種を播種をしました。

わが家を建てて25年、その翌年に庭を造りました。「家庭」は家と庭と書くのですから、家を建てることができたら、庭を造って、少ない面積でもいいから芝生を植え、そこで家族と焼き肉をやるのが夢でした。

2階の窓と、車庫の屋根の上から500ワットのサーチライト2個で芝生と庭を照らし、炭を熾し、どれだけ焼き肉をやったことでしょう。今は、子どもたちもいなくなり、芝生で焼き肉を行うことは無くなりました。

芝生の更新は、今回で3回目。4年前に究極の芝生を完成させるべく更新しましたが、これが大失敗。その訳は、30cmの土を入れ替えましたが、土壌診断をしないで播いたため、全く肥料気のない土でしかも、サラサラの土であったものですから、水はけ良すぎて天気が続くとすぐ赤くなって枯れ上がってしまいました。

そこで5月にロータリーで起こし、家庭菜園の土を15cmほど入れ替え、堆肥を入れ、乾燥鶏糞、燐酸分の多い肥料、石灰等を投入して、3カ月養生させて、いよいよ播種したものです。面積は約7坪。

なぜ究極の芝生を目指すかと申しますと、朝起きて朝露に輝く芝生はすばらしく美しい。本当に心が和みます。ゴルフをやるものですから、ゴルフ場の芝は、いつもきちんと管理されており、常々わが家の芝生もこの程度になればと思っているからです。勿論、ゴルフ場では、播種前の土壌の整備、病害虫の防除する農薬も全く違うものが使われていることもあるかと思います。

朝晩、水を打っておりましたが、昨日からの雨で、その手間は省けております。台風が去って、2~3日すると芽が出てくるものと思われます。

さあ、どうなりますことか。乞う、ご期待です。

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ベンチャーズ

ベンチャーズの公演があり、聞きにいってきました。

正しくわが青春時代です。聞きにきている人は、オジンとオバンばっかり。勿論、私も、まぎれもなくその一人ですよ。

少々フォークギターは、たしなみましたけれど、エレキは全くやったことはありません。やはり、生演奏は迫力がありますね。パイプライン・雨の御堂筋・二人の銀座・京都の恋・京都慕情・ダイヤモンドヘッドなど懐かしい曲を沢山聞くことができました。

当時のベンチャーズに比べて、若干テンポがスローであったような気がしましたが、気のせいでしょうか? 私が年を取ったせいでしょうか?

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ポイ捨て!

話はこうだ。

行政が合併する前は、教育委員会がソフトボール大会を開催していた。行政合併した後は、私共のNPO法人が継続して実施ており、今年で45回の歴史ある大会である。会場は中学校のグランド4面を借りて、町会対抗戦である。

昨年大会が終了して、教頭先生が写真をもってやってきた。それは、グランドに10数本のタバコの吸殻が落ちていたというものだ。学校教育の中で、グランドに吸殻があったとするなら、中学生が、タバコを吸ったと疑われても仕方のない話となる可能性があるだけに本当にご迷惑をかけてしまった。私共も、昨年の大会が終了した後にグランドを見て歩き、何本かの吸殻をj拾っていただけに残念なことであった。

本年は、全面禁煙にしようかと検討したが、応援の方も沢山来る中で大変であろうと4面のバックネット裏に、大きな灰皿を置いて喫煙コーナーを設けた。そのことを監督会議でも徹底したつもりだ。勿論、大会当日に何回もアナウンスした。

しかし、後片付けを終え、会場を入念に見回ったところ、駐車場を含め10本の吸殻を私共事務局で拾った。

いったいタバコを吸う人は、どういう神経をしているのだろうか? 自分の家の庭や玄関等にポイ捨てをしているのだろうか?(勿論タバコを吸っている方全員がそうだと言うものではない。モラルに欠ける一部の人だと思う)

来年の大会は、全面禁煙にせざるを得ないだろう。

これまでタバコと無縁な私にとっては、全く理解できない。

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やっと 終わりました

やっと終わったのは、わが家の庭木の剪定作業です。

今年は、天候が良くなかったため剪定作業は、6月下旬からスタート。1本約8時間かかる特大のいちいと門かぶりの赤松の2本をはじめ、大、中、小の庭木約50本の剪定が終わりました。

だんだん年を取ってくると、億劫になってきました。家内曰く、「この沢山の木どうするの」と。剪定作業は家内のほうが、圧倒的上手なのですが、最近は口も出しませんが、全く手も出しません。

庭はすっきりしました。これで盂蘭盆を迎えることができます。

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